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東京大学大学院情報学環様

先端の情報技術と人をつなげ人間の知られざる能力を拡張させる

2017年3月13日、東京大学とソニーがある発表をおこなった。
東京大学大学院情報学環において、2020年3月までの3年間、ソニーによる寄付講座が開設されるというものだ。
寄付講座の名称は「ヒューマンオーグメンテーション学(ソニー寄付講座)
「ヒューマンオーグメンテーション」は、日本語にすると「人間拡張」という意味になる。
「情報技術を使うことで人間の能力を拡張してくれるもの、それが人間拡張です」
寄付講座を担当する特任准教授の味八木崇氏はそう語る。
「拡張する手段として、“ジャックイン”と“ジャックアウト”があり、それらを駆使して人間の能力を拡張していきます」
人間拡張は、東京大学大学院情報学環教授でソニーコンピュータサイエンス研究所の副所長でもある暦本純一氏が提唱するコンセプトだが、暦本研究室では次の言葉を掲げているという。
「革命とロマン」──。
我々の社会を大きく変える可能性を秘めた、人間拡張という奥深き森に迫った。

新しいけど古い、古いけど新しい「人間拡張」

そこは、無数の板で覆われていた。

東京・本郷にある東京大学。その春日門を入ってすぐの場所に、特徴的な外観をもつ建築物が建っている。外壁に貼られた無数の木の板。情報学環の教育研究棟であり、新国立競技場の設計で有名な隈研吾氏による作品だ。

案内してくれたのは、特任准教授の味八木崇氏と、暦本研究室で学ぶ博士課程の河野通就氏。

味八木氏は大学院時代に画像処理の研究をしていたが、人とコンピュータのかかわりを研究する「ヒューマンコンピュータインタラクション」に興味をもち、暦本研究室の設立当初から参画し、現在は特任准教授として学生の指導に当たっている。

河野氏は「メディアアート」と呼ばれる分野を研究していたが、暦本教授が研究する「人間拡張」に魅せられ、博士課程の学生として研究室に飛び込んできた。

ヒューマンオーグメンテーション、すなわち人間拡張というと、時代の最先端といった印象を与えるが、実は発想そのものは決して新しいわけではないと味八木氏はいう。

「たとえばメガネも人間拡張といえます。メガネをかけることで、それまで見えなかったものが見えるようになる。人間の能力が拡張されたといえるわけです」

「技術が人間を拡張させる」という発想は、光学顕微鏡を発明したロバート・フックの著述にまで遡ることができるという。

フックの著書に「顕微鏡は視覚の拡張である。ほかの感覚器官、たとえば聴覚・嗅覚・味覚・触覚なども、将来の発明で拡張されるだろう」という記述があるのだ。フックは1635年生まれなので、17世紀にはすでに人間拡張という発想があったことになる。

「私たちは現代の情報技術を使って、人間の能力を拡張しようとしています」と味八木氏は語る。

人間拡張は大きく4つの種類がある。1つ目は「身体の拡張」。義手・義足のように身体機能を補綴したり、機能性電気刺激で筋肉を駆動するなど、物理的に人間の身体を拡張するもの。2つ目が、メガネや補聴器に代表される「知覚の拡張」で、視覚情報を皮膚感覚に置き換える装置なども含まれる。3つ目が「存在の拡張」で、代理ロボットなどを使って遠くの場所を訪れたりできるもの。4つ目が、幽体離脱視点を人工的に提供することで、スポーツの技術習得などに利用できる「認知能力の拡張」だ。

そして、人間を拡張する手段が、ジャックインとジャックアウトである。

人と人、人とコンピュータをつなげる「ジャックイン」

「ジャックイン」とは、アメリカのSF作家であるウイリアム・ギブソンの小説『ニューロマンサー』に登場する言葉で、電脳空間に精神を没入するシーンで使われている。つまり、人やコンピュータの感覚の中に、違う人が入り込むことがジャックインである。

「その場にいながらにして、別の場所を体験できるという技術です。たとえば、『JackIn Eye』はメガネ型の装置を装着して、その人が目にしている風景を遠くにいる別の人にリアルタイムに伝えることができるものです」(味八木氏)

他にも暦本研究室ではいくつもの研究が進められている。

「JackIn Head」と呼ばれるものは、装置を装着している人の360度の映像と音声を、遠隔地にいる人に伝えられる。旅先での風景はもちろん、ジェットコースターなどの非日常的な体験もリアルに人に伝えることができる。

「Flying Head」は、ドローンで撮影した映像をヘッド装着者に送ることができ、なおかつ、装着者の頭の傾きとドローンの傾きがシンクロするようになっているため、あたかも自分がドローンに乗って操縦しているかのような感覚を体験できるというものだ。

「こうしたジャックインの延長線上にある概念が、ジャックアウトです。ジャックインはその人の一人称映像しか利用できないため、その人がどのような場所にいて誰と会話しているのかわかりづらい面があります。そこで、第三者的な視点に立った客観的な視点を提供することで、遠隔コミュニケーションをより効率的にしようという試みが、ジャックアウトです」(味八木氏)

その代表的なものが「JackIn Space」だ。複数のセンサや広角カメラを用いることで幽体離脱のような視点を獲得し、一人称と三人称の映像を連続的に見ることができる。 また、先ほどのドローンで撮影した映像を見ることができるFlying Headにおいても、自分の後ろからついてくるような映像を映し出すようにすれば、同じように第三者の視点を得ることができる。

「幽体離脱のような視点は、自分の身体の運動を学習する際に有効だと思っています。野球ならバッティングフォームのどこが悪いのか、ピッチングフォームのどこがおかしいのかなどがリアルタイムでわかります」

「Aqua CAVE」は水泳体験を拡張するシステムで、プールの水槽の壁をリアプロジェクションスクリーンとし、泳ぐ人の周りに映像を映し出すことで、サンゴ礁や宇宙空間などによる臨場感水泳が可能、さらには自分の泳ぐ姿も映し出せるので、水泳フォームの確認などにも使えるという。

このように数々の人間拡張システムをつくり出している暦本研究室だが、そのモチベーションになっているのが、「革命とロマン」である。

かつてのSFで描かれた世界を実現してみたい

「暦本先生の研究室には『革命とロマンの研究室』というタイトルがつけられていて、これが我々の研究室の姿勢をよく示していると思います。たとえば、パソコンを操作するのはマウスとキーボードでした。しかし、近年はスマホやタブレットのようにタッチインターフェースになって、入力方法が変わりました。実は、暦本先生もその研究をしていたことがあります。このように、従来の方法をガラリと変えてしまう革命的なものは何だろう、ということを常に暦本研究室では考えています」(味八木氏)

河野氏は、「かつてのSFの世界を実現することに近い部分がある」と表現する。

「かつてのSFの世界を見ると、不思議な乗り物が空を飛んでいたり、一種、夢のような世界が描かれていたりします。そのうちいくつかはすでに現実の世界で叶えられていますが、そうしたかつてSFで描かれていたものを実現していくようなことが、人間拡張の研究にはあり、そこがロマンでもあると思っています」

このモチベーションのもと、河野氏が研究しているのがサバイバルゲームで使えるインターフェースだ。

「趣味でサバイバルゲームをしているのですが、あるとき、自分の視点だけでなく、敵である他の人の視点もほしいなと思いました。他のゲーム参加者から見えている一人称の映像を自由に切り替えられるようにするだけでなく、どのような位置にプレイヤーがいるのかという位置情報をマップのように表示できないかと考えています。プレイヤーの位置というのは実世界のスポーツにおいても重要な役割を果たしており、そこにも応用できるのではないかと考えています」

味八木氏は、身体情報をキャプチャーする技術的な研究も行っている。

「ふつうのカメラで撮ったカラー画像だけで人物を推定する研究をしています。これによって、どのようなタイミングでどのように人が動いているのか、ということが解析できるようになるので、スポーツなどの戦術分析に使えると思っています」

目指すは、人と機械が一体となった「人機一体」の世界

2017年11月、暦本研究室はすでに3台ある3Dプリンターに加え、新たにもう1台の3Dプリンターを導入した。ストラタシス社の「F170」だ。

「3Dプリンター導入前は、レーザーカッターで切り出したアクリル板を組み合わせて立体物をつくったり、既製品を加工して使ったりといった方法を取っていました。しかし、複雑な形状をつくることが難しく、ある程度妥協している部分がありました」(味八木氏)

2010年、ストラタシス社の3Dプリンター「Dimension」を導入。これにより複雑な形状が容易につくれるようになった。その後Dimensionは別の建屋で使われるようになり、暦本研究室では別の3Dプリンターを3台、次々と導入する。それだけ造形する機会が多いということもあるが、実はある事情があったと河野氏はいう。

「導入した3Dプリンターは故障することが多く、修理のやりとりなどにも時間を取られていました。そのため、余裕をみて複数台もっていないと造形したいときに造形できないという事情がありました」

積層ピッチが荒いことも気になっており、ドローンなどの製作でより高品質なものを出力する必要性が生じたことから、新たな3Dプリンターの導入を検討。Dimensionを使用していた経験からくるストラタシス社への信頼もあり、F170の導入を決めた。

「大学では、人が実際に使えるようになるところまで作りこむような研究ができていないことが多いと思います。この研究室で創りあげるものは、人に使ってもらうところまで行きたいと考えています」(味八木氏)

「今手掛けている技術が社会で応用される、といった目標があります。まずは、スポーツでの応用を目指していきたい」と河野氏は力強く語る。

人間拡張が最終的に目指している姿は、機械と人間が一体化した『人機一体』だという。

「人と機械が自然な形で融合することで、それまで得られなかった能力が拡張される。そういうシステムを考えています」(味八木氏)

機械とつながることで人に未知なる体験をもたらしてくれる人間拡張。
かつてSFで描かれていた世界を、現実の世界で一つずつ叶えようとしている。

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