IoT(「Internet of Things」の略称)の急速な進展に伴い、IoTデバイスから得られる情報を有効活用して、新しいサービスや事業の創出を目指す企業が増えてきている。
そのような企業に先駆け、早い時期から無線・電池レスのIoTデバイスを活用した新規事業に取り組み、一定の成果を生み出すとともに、さらなる可能性の拡大に向けて動き出している企業がある。エンジニアリングプラスチック製品メーカーとして国内外で躍進している株式会社ニフコである。
同社が何を契機に新規事業に取り組み、どのようなプロセスで成功に至っているのか、そして今後どのような拡大・成長を目指すのかについて、株式会社ニフコ (以下、ニフコ)Life Solutions Company コネクテッドビジネスユニット ビジネスユニット長 中村 高章氏、同カンパニー・同ユニット 新領域デバイス開発グループ リーダー 武田 直也氏にお話を伺った。
- 無線・電池レスのIoTデバイスを活用する新規事業開発を効果的に推進したい
- コア技術である環境発電モジュール(EnOcean)の認知度を向上させたい
- 当該事業の拡大戦略を構築したい
■導入の背景
1.さまざまなプラスチック部品の設計から製造までを手掛ける精密部品メーカー
ニフコは1967年創業のプラスチック製精密部品メーカーである。設計から製造までを一貫して手掛け、自動車業界を中心に多くの製品を供給してきた。神奈川県横須賀市に本社を置き、国内はもとより海外にも生産拠点や販売拠点を有し、グローバルに事業を展開している。特に自動車部品は国産自動車1台あたりにニフコ製品が700点以上も使用されているといわれるほど多くの製品が採用されている。また、自動車業界に限らずアパレル向け製品や住宅設備向け部品など、幅広い分野の製品を取り扱っている。
「当社の製品は、日常生活のあらゆるシーンで使われているといっても過言ではありません。『ニフコの製品から1メートル以上離れて生活することはできない』といえるほどに、当社製品は皆さんの生活に浸透しています」
中村氏の言葉通り、住宅設備、カバン類のバックルや過去には卓上調味料のキャップなど、家庭内の身近なモノにもニフコの技術が活かされてきた。
2.プラスチック製品メーカーとしてのノウハウ・知見を生かし、新規事業に取り組むLife Solutions Company
プラスチックの特性を活かしたさまざまな製品を開発してきたニフコだが、これまで培われたノウハウや知見を活用して、プラスチック製品以外の新規事業への進出にも積極的に取り組んでいる。
「現在の事業領域としてはプラスチック製品、特に自動車部品が中心になっていますが、私たちが所属するLife Solutions Companyは、自動車業界以外でのビジネスを推進するという役割を担っています。『ライフソリューション』というワードからもお分かりかと思いますが、工業分野に限定せず、またプラスチック製品にも捉われずに、幅広くニーズを探索して、新しいビジネスを立ち上げることを使命としています。私が所属するコネクテッドビジネスユニットは、Life Solutions Company内において電池レスデバイスを活用する新規事業の開発を推進しています」と中村氏。
3.電池レスデバイスという新規事業への端緒
ニフコの特長は、すでに触れた通り、日常生活の隅々にまで製品が浸透しているという点である。そのため、一部の取引先からは「生活のあらゆるシーンに溶け込んでいるニフコ製品を通して情報を得ることができたら、新しいビジネスチャンスが生まれるのではないか」といわれることが少なくなかったそうだ。
「例えば、家庭で使われている掃除道具に、小型センサーを組み込んで、その道具の電源のオン・オフなどを感知できれば、役立つ情報として活用できるのではないかということです。当該の掃除道具が、実際にどんな使われ方をしているかが分かると、製品改良やマーケティングに活用できます。また、顧客情報と紐づけできれば、使用頻度でポイントをつけるようなサービスも可能になります。日常生活に浸透した製品を多く展開しているニフコだからこそ、そうした製品から情報を獲得する仕組みを構築することで、ビジネスの可能性は大きく広がっていく、ということです」
このような発想から、中村氏は新しいセンサーデバイスの開発に着手したものの、センサーを動かすには動力が要るという大きな課題に直面した。「電池や充電式で動力を得ようとすると、電池交換や充電する手間が発生する、という壁に突き当たってしまったのです」と中村氏。
「ニフコの製品は、さまざまな場所で活用できることが強みだったのですが、それをデジタル化しようとした途端に、制限がかかってしまったわけです。さまざまな場所やモノにセンサーを取り付けて情報を収集し、それを活かすというビジネスを考えると、センサーの動力問題を解決しないことには先に進みようがありませんでした」と、中村氏は振り返る。
電池交換や充電の手間がないセンサーデバイスをどう開発すべきか、腐心する彼らに光明をもたらしたのが、とあるイベントで知った、電池不要の無線通信モジュールである「EnOcean」だった。
EnOceanとは、ドイツ企業のEnOcean GmbHが開発した環境発電技術を活用したワイヤレス通信モジュールである。EnOceanを用いることで、動力確保の心配がない、いわゆる電池レスのセンサーデバイスを開発することが可能になった。
■事業化へのプロセス
1.斯界のトップ企業との協業で事業化が加速
電池不要の無線通信モジュールEnOceanとの出会いによって、新規事業は大きく前進した。次に着手したのは「仲間づくり」であり、その後「顧客のニーズを探索してビジネスを組み立てる」フェーズを経て、「ニフコとしての独自のビジネスモデルを構築する」という流れで取り組みを進めていったと中村氏は語る。
「仲間づくりというのは、まずはMSYS様とのご縁です。『EnOcean Alliance』の会合で意気投合し、一緒にデバイス開発を進めるようになりました。しばらくして、NTT東日本様が私たちの取り組みに興味を示されて、3社の協業体制ができ上がりました。ニフコとしては情報通信というのは初めて取り組む事業分野ですが、MSYS様もNTT東日本様もこの分野に知見もノウハウもおありですから、いろいろと教えていただきながら進めていきました」と中村氏。斯界のトップ企業2社との協業が事業化に弾みをつけることになった。
さらに中村氏は続ける。「ニフコはモノづくりが得意ですから、ニーズに応じて必要な形状のデバイスをすぐにつくることができます。その強みを生かして、最初はEnOceanを組み込んだセンサーデバイスをつくって、そのハードのみを売るビジネスモデルを考えました。しかし、ただモノを売るだけではなく、デバイスを使ったオリジナルサービスの展開も思い描くようになりました。そして、どうすればニフコ独自のビジネススキームを構築できるかということも考えるようになりました。さらにNTT東日本様は官公庁系に強く、MSYS様は民間企業に強い、というそれぞれの特性がある中、まだ手付かずの市場である『学校』という市場での事業可能性に思い至りました。
今、私たちが展開している『学校』向け事業は、無線・電池レスのEnOceanを組み込んだセンサーデバイスを活用して教室の状況を『見える化』し、教育現場の環境をより良いものにしようということと、先生方のオペレーション負荷を軽減する、というものです。教室の『見える化』は、教室内に設置したセンサーデバイスから教室内の温湿度・照度・在室者の有無などの情報を取得し、専用のスマートリモコンと連動させて教室内の環境を最適化するソリューションです。人がいない時はエアコンの電源を切るように設定すれば、省エネにも貢献します。そして、こうした『見える化』は、結果的に先生方の教室の見回りといった業務負荷を大幅に軽減します。クラウドサービスとつなぐことによって、先生方は職員室に居ながらにして各教室の管理が可能になるからです。実証実験でその効果は確認されており、本格導入に至る学校も増えてきています」中村氏は、学校向け事業が着実に成長していることに自信を覗かせた。
2.3つのテーマをもつ学校向け電池レスデバイス事業
ニフコが学校向けに取り組む電池レスデバイス関連の活動は、教室の状況の「見える化」にとどまらない。これについては武田氏が話してくれた。
「電池レスで無線通信が可能なEnOcean自体は、環境にやさしい、極めて優れた通信モジュールなのですが、日本での認知度はまだ高くありません。そこで、認知度向上の施策の一環として、高校生の探求学習を支援する形で“EnOceanを活用したビジネス企画”という特別授業も実施しています。高校生が生み出す自由なアイデアは、私たちにも大変参考になるものがありますし、なによりも、この教育プログラムを通じて、若い世代に電池レスの無線通信が持つ可能性を知ってもらいたいと考えています。当社としては長期的な視点に立って、EnOceanの認知を広げていくことは、私たちのビジネスにも社会課題の解決にもプラスになると考えています。この探求学習の支援事業には、MSYS様にもご協力いただいており、高校生が考えた企画の審査なども一緒にやってもらっています」
EnOceanを利用した電池レスのセンサーデバイスと、その活用に関するサービス事業により、「学校」という市場で、教室の「見える化」や、職員の業務負担軽減、そして探求学習の支援という3つのテーマについてソリューションを提供するニフコ。今後が楽しみな事業であるが、さらに中長期的にどんな展開を目指していくのかについても伺った。
■今後の展開
1.学校へのさらなる浸透と、他分野への進出
「学校というところは、意外とDX化が進んでいません。比較的、建物が古いところも多いため配線などが障壁になるからです。私たちの事業の核にあるEnOceanは無線通信のモジュールですから、電池レスであると同時に配線レスでもあり、大がかりな工事をしなくても設置・導入が可能です。この強みを生かして、さらに学校市場での事業拡大を図っていきたいと考えています」と武田氏は学校市場の深掘りに自信を見せた。
さらに武田氏は、ニフコの既存の事業展開が強みとなって、学校以外の市場開拓も目指していると話す。
「もちろん、ニフコの本業であるプラスチック部品での顧客とのつながりも生かして、学校以外の市場にも電池レスデバイス事業を拡大していきたいと考えています。例えば住宅設備関連業界にも大きな可能性があると捉えています。そしてオフィス機器業界やアパレル業界、さらには自動車業界にも新しいセンサーデバイスの開発や、センサーデバイスを活用したソリューションサービスの可能性があると考えています」
2.世界的な環境問題への取り組みを背景に、海外を含む市場拡大
ニフコが新規事業で目指す市場は国内だけではない。中村氏はすでに海外展開を視野に入れて動き出しているという。
「日本での事業展開と併せて、インドと中東での展開も進めています。いま中東ではビルオートメーションが進んでいます。例えば、ビル自体をICT化する際にも、私たちの製品やサービスが有効だと考えています。特にUAE(アラブ首長国連邦)では、CO2削減目標を高く設定していることもあり、電池レスデバイスは大きなビジネスチャンスだと確信しています。少々気の早い話ですが、これらの地域に効率的に製品を流すためにどうすべきかを、まさにMSYS様と一緒に考えているところです」
ニフコは、EnOcean Allianceに参画するアジア圏の企業として、唯一のプロモーターを務めており、海外展開についても積極的な取り組みを進めている。