DX(デジタルトランスフォーメーション)による新しいまちづくりに取り組む三菱地所。重要なテーマの1つが、まちにおいてオンラインとオフラインをシームレスに行き来するUX(顧客体験)を提供することだ。同社は、新たなUX実現に向けて、自社の注力エリアを中心に「位置情報を活用した、実空間における顧客行動の可視化」を実現するべく、丸紅情報システムズ(以下、MSYS)のBLE(Bluetooth Low Energy)ビーコン BlueBeaconシリーズ「大容量電池搭載の設置型ビーコン BlueBeacon Air3」を大規模導入。MSYS採用の理由は、安定供給、コストに加え、豊富な導入実績に基づく経験値がポイントとなった。今後段階的に数万個を超えるビーコン設置を計画。リアル空間の顧客接点から、まちのさらなる進化が始まる。
- ビーコンの大規模導入を計画的かつスムーズに実行したい
- 自前でビーコンの展開・運用・保守を行いたい
- 遠隔地に設置したビーコンの管理を可視化したい
01[導入の背景]
オンラインとオフラインが融合した新しいまちづくり
UX向上を目指し、実空間における顧客行動を可視化
「まちづくりを通じた社会への貢献」を基本使命に掲げる三菱地所。その原点は、1890年まで遡る。当時、まだ未開発だった東京・丸の内一体を購入し、通称、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)と呼ばれる、世界有数のビジネスセンターに育て上げた。大丸有以外でも、横浜のみなとみらい地区、大阪梅田駅北口のうめきた地区など同社が得意とする長期的・面的なまちづくりを展開。これらの事業を通じて、オフィス、住宅、商業といった様々なアセットタイプで築いてきた顧客との物理的接点こそが、同社のビジネスの源泉だ。
近年、人々の行動においてオンラインの占める割合が急速に拡大する中、同社はDXによりオンラインとオフラインが融合した、新しいまちづくりに取り組んでいる。実現に向けて、中心的役割を担うのが2019年に設立されたDX推進部だ。2018年に前身となるDX推進室が経営企画部内に立ち上がったときから、「位置情報を活用した、実空間における顧客行動の可視化」が重要なテーマの1つになっていたと、三菱地所 DX推進部 データ&UXデザインユニット 統括 櫻井良輔氏は振り返る。「不動産デベロッパーの商材は、自社で管理している空間です。空間という商材の価値を高めるためには、その空間を訪れるお客様のUX向上が重要なポイントとなります。UX向上につながる施策づくりのベースとなるのが、空間における顧客行動の可視化です」
「実空間における顧客行動の可視化」プロジェクトは、位置情報分析支援を生業とするベンダの支援を受けてPoC(概念実証)を開始した。位置情報取得のためのツールにビーコンを採用した理由について櫻井氏は説明する。「一例としてGPSは、屋内や地下などGPS衛星の電波が届きにくい場所では測位が難しい。屋内で、なおかつ縦動線のデータを取得するツールとして経済合理性も含め総合的に考えた結果ビーコンを選択しました。ビーコンは、Bluetoothの電波を発信し、スマホなどで受信することで位置情報を取得するため、近距離にいる人の行動の可視化に適しています」
PoCによりビーコンを使ったアプリの施策には手応えを感じていたと櫻井氏。しかし、運用面で重要な課題に直面したという。
02[導入のポイント]
新規ビーコン製品の選定ではアドバイス力や提案力を重視
経験値、安定供給、コストなど総合評価でMSYSを採用
データ&UXデザインユニットは、「アプリ×UX(顧客体験)デザイン×データ」で三菱地所のオフィスビル運営、商業施設運営など既存事業ビジネスのデジタルボトムアップに取り組む組織である。2019年にビーコンの本格的な展開に向けて、課題となったのがローデータ(生データ)の蓄積・保存場所だ。「スモールスタート時点では、外部の協力会社がビーコンの設置から運用まで行っていました。ローデータは協力会社のサーバに蓄積されており、当社からの要望に応じてレポートの提供を受けていました。様々な切り口で見たいときに、その都度依頼していては時間もコストもかかる。『当社の商材の可視化データなら、当社のデータベースにあるべき』と考え、当社が自主運営するデータベース環境に加え、ローデータを蓄積できるアプリのバックエンド機能をSDKの形で内製開発しました。」と櫻井氏は話す。
次なる課題は、機器そのものの設置からメンテナンスまでを含めた安定した保守体制の構築だった。三菱地所だけではその体制を整理しきれないと判断して、三菱地所グループのITインフラを担う三菱地所ITソリューションズに体制参画を依頼した。
同プロジェクトにおける新体制のもと、三菱地所ITソリューションズは新たにビーコン製品の選定に入った。選定ポイントについて、三菱地所ITソリューションズ ITコンサルティング部 エキスパートコンサルタント 畠山健氏は話す。「当社はビーコンに精通しているわけではありません。購入先というよりも、三菱地所が保有するビルや施設にビーコンを展開するために、アドバイスや提案を行ってくれるパートナーを選択する意味合いが強かったですね。導入実績をお聞きしながら、ノウハウや知見をどれだけ持っているのか、経験値の評価に重きを置きました」
複数社を検討する中で、MSYSの経験値を高く評価したと同社ITコンサルティング部シニアエンジニアの堀井智也氏は話す。「オフィスや商業施設など様々なシーンで豊富な導入実績を持つMSYSから、今後のヒントになるお話がたくさんありました。例えば、遠隔地にあるビーコンをどう保守するか。ビーコンの単価は安いので、バックアップ用ビーコンを用意しておくことで、交換するだけで現地でも対応できるなど、設置の段階から保守を意識する大切さを教えてもらいました。また、ビーコンは電池式のため電池残量をデータで取得し管理したいとの当社からの要件にも対応可能など、ソリューション力もポイントとなりました」
2022年8月、三菱地所ITソリューションズは、経験値に加え、コスト、安定供給など総合評価でMSYSのBLE(Bluetooth Low Energy)ビーコン BlueBeaconシリーズ「大容量電池搭載の設置型ビーコン BlueBeacon Air3」(以下、設置型BLEビーコン)を選択。選択理由も含め三菱地所に報告し了承を得た。
03[導入のプロセスと今後の展開]
大丸有エリアを網羅しようとすると1万個のビーコンが必要と試算
MSYSの製造から販売に加えて設置支援・サポートまで一気通貫の体制を評価
設置型BLEビーコン導入第一弾は、2022年9月1日の防災の日にあわせて行われた、防災DXという社内取り組みの中で三菱地所本社オフィスへビーコン130個を設置することだった。狙いについて櫻井氏は説明する。「以前、別の取り組みでインストールしてもらった従業員用のアプリに対して、ビーコンと連携することで被災時にビル内のどのエリアにいるのか、位置情報により場所の特定が可能です。同じ場所から動かないケースでは、負傷や閉じ込められている可能性を推測できます。三菱地所が管理するオフィスビルや複合ビルに対し、付加価値としてビーコンによる防災DXの仕組みを提供することで、オフィス空間の価値向上が図れます。今回、三菱地所本社における社内の防災訓練において、ビーコンにより人の動きを可視化できることを確認。また、ビーコン130個の設置に要する時間など、今後設置する際の参考情報の取得や、運用シーンの検証を行いました」
MSYSの技術支援のもとで行った、三菱地所本社オフィスへのビーコン設置は有益だったと畠山氏は話す。「設置場所や、電波強度の設定値などMSYSのアドバイスにより、ビーコンを効率的かつ効果的に利用するうえで必要となるノウハウを蓄積できました」
三菱地所は、所管する様々な施設への設置型BLEビーコンの本格展開を計画している。「位置情報を活用した、実空間における顧客行動の可視化」は、空間の価値をどう高めるのか。大きく2つのポイントがあると櫻井氏は話す。
「1つめは、エリアとしての空間の価値向上です。三菱地所は、『丸の内ポイントアプリ』と『みなとみらいポイントアプリ』という2つのアプリを運営しています。個別店舗のアプリとは異なり、“まちのアプリ”です。これらの アプリを持っているお客様は、われわれが開発・運営する「まち」に愛着と共感を持っていただいているロイヤルカスタマーと位置づけることができます。ビーコンとアプリを連携して顧客行動を可視化し、取得されるデータを活かして施策を立案。その施策をアプリを通じて提供することにより、お客様一人ひとりに最適化されたOne to Oneマーケティングを実現します」
「2つめは、商業用としての空間の価値向上です。今回は、共用部にビーコンを設置。例えば、A店を訪れたお客様の多くはB店にも訪れるといったテナント間の回遊の履歴が可視化されます。また各店舗の買物情報と組み合わせることで、“お店に入ったけれど何も買わなかった”、“A店、B店に立ち寄った後、C店で購入”、“どこにも立ち寄らずC店で購入”など、お客様の行動理由をデータから推測することも可能になります。共用部での成果をもとに、テナント専有部へのビーコン設置の許可を得たいという思いもあります。ビーコンの設置場所が増えるほど、お客様の行動データの質が高まり、より高度なデータ利活用が可能となるからです」
大丸有エリアでは、約1万個の設置型BLEビーコンの導入が必要になると櫻井氏は話す。「このプロジェクトは、ビーコンというモノがないと成立しません。私がMSYSに魅力を感じているのは、製造から販売にとどまらず、設置支援やサポートまでを一気通貫で行っている点です。今の製造状況や在庫状況はどうか、MSYSは即答してくれます。メーカーに問い合わせる必要がないからです。また、自社で製品企画からビーコン製造を行っているため、仕様はもとより商品への理解が深い。技術的な質問をしても打ち合わせの場ですぐに回答が返ってくるので、非常に仕事がやりやすいですね」
三菱地所が所有するリアル空間というプラットフォームにビーコンによるデジタル世界を組み込む。同社が目指すオンラインとオフラインが融合したまちづくりを、MSYSはビーコンの安定供給や様々な提案を通じて支援していく。