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人体模型を限りなく人に近づけよ!医療従事者の技術力を高めるシミュレータ

人体模型。人のしくみを説明するための身体を模した人形で、多くの人が小中学校の理科室などに置いてあるのを見たことがあるに違いない。そして人体模型が動くのを想像したことも、一度や二度ではないだろう。

京都に本社を構える京都科学。同社はまさに人体模型を作り、そして命を吹き込むことを仕事にしている企業だ。といっても決してロボットのように歩いたり話したりするわけではない。生命としてなくてはならない呼吸や脈拍といったものを再現した人体模型だ。京都科学は、こうした製品が必ず人々の未来に大きな貢献をすると信じて日々開発に携わっており、現に我々は今、知らないところでその恩恵を受けている。

人体模型に命を吹き込むことに情熱を傾ける、京都科学の開発現場に迫った。

源流は一世紀以上前の1891年

京都駅から南に8km、車で約20分のところに、工場を併設する京都科学の本社がある。従業員数は約120名だ。

京都科学の源流は今から125年ほど前にもなる。明治24年(1891年)に、島津製作所の創立者である島津源蔵が標本類の製作を開始。1895年には島津製作所内に標本部がつくられるが、1944年に時代の流れにより閉鎖。その後1948年に、島津製作所の標本部を引き継ぐ形で設立されたのが京都科学である。

取材に応じてくれたのは、グローバル戦略部研究開発課に所属し、日々研究開発に携わっている松岡紀之氏だ。
「戦後は主に、理科教室にあるような人体模型などの製造や歴史文化財の複製をつくっていました。それが時代の流れとともに少しずつ変化していきました」

高度成長期に入ると医師不足、看護師不足が叫ばれるようになり、医科大学や看護養成学校が次々と設立される。そんな中、さまざまな要望が届く。その要望に応えたことが、人体模型をつくり続けてきた京都科学の新しい最初の一歩となった。

人体模型からシミュレータへの転換

1960年代、医学や看護の教育現場から次のような声が届く。「注射の練習ができるような人体模型がつくれないだろうか」

同社の社員が集められ、プロジェクトチームが結成される。長い開発期間を経て、1966年、注射・洗浄包帯用「看護自習モデル人形」を世に送り出す。これが京都科学では初めてとなる看護教育用「実習モデル」が誕生した瞬間だった。その後、この実習モデルには名前がつけられ、成人型モデルは「ケイコ」「キョウコ」「さくら」、新生児型モデルもつくられ、「太郎・花子」「新太郎・桃子」と名づけられる。

そしてこの頃、医学や看護の世界と接点ができたことから、営業などで医学部や看護学校に出向くことが多くなる。そんなとき1人の社員がある光景を目にする。それは学生同士で採血の練習をしているところだった。その社員は、京都科学の現社長である片山英伸氏。当時まだ入社して間もなかったが、訪問した看護学校でその事実を知り、「学生達の負担を減らしてあげたい。この現実をなんとかして変えられないか」と考え、採血の練習ができるモデルの開発に乗り出した。

考えたのは、腕の形のモデルをつくり、腕の中心部分に注射が打てるように加工を施すというもの。しかし、従来の人形模型は硬い素材で注射針は入らなかった。また逆にやわらかすぎてもつぶれてしまう。悩んだ末に選んだ素材が樹脂。より本物の皮膚に近づけるために、樹脂の配合比率を何度も変えてリアルさを追求した。

さらに、実際に血液を採取する練習ができるように血管を模したチューブを埋め込み、その中に赤い液体を入れ、注射器を引くと赤い液体がスーッと注射器の中に入っていくようにした。

学生同士で採血し合う現実を変えるこの採血静注シミュレータは、現在「シンジョー」と名づけられているモデルで、医学・看護の現場にまたたく間に浸透していった。そして1990年代には、新たなシミュレータ“イチロー”が登場することになる。

日本で、そして世界でも売れる“イチロー”

1986年、ある心臓病専門医がこんなことを考える。「心臓病の聴診を練習できるシミュレータは作れないものか」

この声を京都科学が受け止める。心臓病には心音、心雑音の聴診が欠かせないが、聴診器を当てるとそうした音が聞こえる人体モデルをつくることにしたのだ。1989年、実に5年もの歳月をかけて心臓聴診シミュレータが完成する。
だが、話はこれで終わらない。その心臓病専門医がアメリカに出向いたところ、さらに高度なシミュレータを目にする。「心疾患の身体所見をすべて再現することができ、移動にも便利なものをつくりたい」

こうして再び試行錯誤が繰り返され、1995年、遂に実際に教育シミュレータとして使えるものが完成する。

「心臓病の診察に特化したシミュレータで、心音図を診ながら聴診ができ、医学部や病院などで使われています。心音はもちろん、頸動脈の視診、動脈の触診などもできます。このシミュレータが『イチロー』と名づけられたのです。ちなみに、プロ野球選手のイチローがまだ鈴木一郎の名前だった時代です」

イチローはちょっとした高級車が買えるほどの価格だが、88症例のシミュレーションが可能なこのシミュレータは、本物の人体と同じような反応を示すことが医療現場で驚きをもって受け入れられ、国内、海外で高い人気を誇っている。そして、さらなる人気商品が生まれる。

「医学・看護教育用に使われる『フィジカルアセスメントモデル』です。フィジカルアセスメントとは、ケアの方向性を明確にするために、視診、触診、打診、聴診などによって患者の情報を集めることを指し、医師や看護師にとっては欠かせない仕事なのですが、それを人体モデルによってシミュレーションできるというものです」

大きさは人体と同じで、中に機械が仕込んであり、瞳孔が開くので瞳孔反射がわかり、血圧も測定できる。さらにスピーカーを仕込むことで、聴診器を当てれば心音や呼吸音、腸音も聞くことが可能だ。心電図の波形も出るので、心電図のシミュレーションもできる。人体模型からスタートした京都科学は、今や売上のほとんどをシミュレータが占めるようになり、本分野において長きにわたりシェアNo.1を誇っている。その理由を松岡氏はこう推察する。

「教育熱心な先生方のご指導の下、他社にはない精巧さを追求しているからです」

3Dプリンター導入で精度をさらにアップ

「医師の方々からも、触った感覚などがより人体に近い、解剖学的にも優れていると言われます。そもそも人体模型がスタートの企業なので、精巧さへのこだわりが遺伝子として受け継がれているのです」 

精巧な商品づくりの中核を担っているのが、松岡氏が所属するグローバル戦略部研究開発課。ここには、モデルの形状をつくる「造形」、機械的に動く部分などをつくる「装置」、基盤やシーケンサーをつくる「制御」、パソコンを使うモデルに欠かせない「ソフト」、さらに材料そのものを研究する「材料開発」の部門が存在する。総勢13名の少数精鋭である。ある程度のところまでは自分たちだけでつくれるが、専門的な部分は医師などの専門家が必ず監修に入り、細かいチェックが行われる。

「我々は医師ではないので感覚的なことはほとんどわかりません。例えば、身体の部位でもっとここは上を向いている、もっと反っている、といったことがあります。違うとなれば、またつくり直します。こうした修正を何度も何度もやる。中途半端なものを絶対に商品にしないと決めているからです」

そのため開発期間は長く、イチローは7年もの歳月を費やし、近年開発した商品でも2~3年はかかるという。何度も何度も修正を重ね、実際の人体に限りなく近づけていく。それにより精巧な商品が完成しシェアNo.1へと結びついているのだ。

こうした中、京都科学は開発現場の改革にも余念がない。一例が3Dプリンターの導入である。2005年ごろから3D CADを導入したが、3DプリンターがあればCADデータから直接試作品を造形することができると考え、2010年に3Dプリンターを導入する。

「大きく変わったのは失敗をたくさんできることです。トライ&エラーを繰り返すことが可能なので、問題点をすぐに洗い出すことができるようになり、試作品の精度が非常に高くなりました。試作品の精度が低いと、結局その後検証工程で何度も修正が入ることになり時間がかかってしまう。でも精度の高い試作品ができれば検証は終わったのも同然で、この差はとても大きいのです」

高い技術力をもった医療従事者を送り出すために

ここ数年、京都科学はさらなる領域へと歩み出す。「行った手技を評価できる評価型シミュレータを出すようになりました。例えば、縫合評価シミュレータというものがあります。手術の縫合は医師に欠かせない技術ですが、それを画像とセンサで解析して、組織に加わった力、糸を縛る力、縫合間隔、縫合幅など6つの項目で評価するというものです。また、評価型気道管理シミュレータというものもあります。気道管理というのは機械を使って気道の空気の通りを確保し補助することですが、習得には訓練が必要な難しい手技です。そこで、訓練者が本当に気道管理できているかどうかを、顎を上げる角度、切歯に加わる力、チューブを入れる位置など、そして最終的に両肺にしっかりと空気が送られているかを評価できるようにしたものです」

近年、医師の技術不足により、さまざまな医療事故が起こり社会問題となっているが、それに対し松岡氏はこう語る。「学生同士で練習ができる手技はどうしても限られています。そこで必要になるのがシミュレータです。技術が未熟な状態で医療現場に出ることがないように、ぜひ京都科学の製品を使って技術を高めて欲しいと思っています」

松岡氏ら京都科学の開発チームは日々トライ&エラーを繰り返し、人体モデルを限りなく人へ近づけていく。高い技術力をもった医療従事者を世に送り出し続けるために──。

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