見えないものを、いかにして“見る”か。
人は見えないものを見るために、レントゲン、CTスキャン、MRIなどさまざまな機器を開発してきた。
しかし、京都大学の山田泰広准教授の研究対象物を前にすると、そうした文明の利器といえども無力となってしまう。
相手が、巨大な「地球」だからだ。
「研究対象は地下です。数kmといった単位から、ときには数百kmの範囲を対象とすることもあります」
地球の内側の全容を知るのは不可能に近い、と現在を生きる我々は考える。
だが、山田准教授は「方法はあります」と語り、あるものを指差した。
長さ1mほどの、透明なアクリル板でできた箱。
地下資源探査や地震予知にもつながる「地質学」
その地を訪れた人の多くは、こう再認識するはずだ。
「京都の町は、盆地にあるんだ」
京都大学といえば時計台で知られる吉田キャンパスが有名だが、山田准教授の研究室があるのは、桂キャンパスだ。
京都大学にとって3番目となるキャンパスで、工学系の研究施設などが集まっている。
小高い丘の上に位置しているため、京都市内を一望し、東・北・西の三方を山に囲まれた地形が手にとるようにわかる。
「京都盆地というのは、いくつもの断層が動いてできたんですよ」
この「地質」について語る人物こそ、京都大学大学院の山田准教授である。
地質学一筋。大学では「地質学教室」の卒業で、博士号をとったロンドン大学でも「地質学部」に在籍。卒業後、仕事でも「地質調査」や「地質構造のモデリングの研究」などに従事した。
「でも、小さい頃は星が大好きな天文少年でした。大学で何を専攻しようかと迷ったときに、『よく考えたら足元の地球を知らないな』と。それで地質学を学ぶことになったわけです」
地質学。いわば地球の地下を研究する学問だが、その応用分野はとてつもなく広い。
「活断層の動きがわかれば地震予知にもつながります。石油や天然ガスの資源探査にも地質学の研究が必要不可欠です。さらに今、世界中で二酸化炭素の地中固定の研究が行われています。固定する場所は二酸化炭素が漏れ出さない場所である必要があり、その問題にも地質学の研究が活かされています」
だがここで、当然次の疑問が湧いてくる。
『見えない地下を、どうやって見るのか』──。
不透明な地下の世界
「人類は長い間、地下で何が起きているのかということを、ほとんど知らずにきました。地表であれば2,3km先はすぐに見通せますが、地下ではそうはいきません。たとえば人間の生活に必要不可欠な石油や天然ガスは、地下5,6kmの奥深くにあるため、まず目にすることはできません」
地下に関するやっかいな問題の1つに「見えない」という点がある。だが、見えないからといって、地下のことがまったくわからないかというとそうではない。見えなくても、さまざまな手法によって『予測』することは可能。予測の精度をかぎりなく上げることができれば、「可視化できたも同然」と考えることができる。
「実は地下内部を予測する技術はすでにいくつか確立されています。たとえば、石油の油田を探す場合に使われるものの1つに、人工衛星があります。人工衛星から複数の電磁波を飛ばし、返ってくる電磁波をとらえて分析することで、特定の岩石を探す技術です。太古のプランクトンが堆積して岩石化したものが石油になるため、その岩石が見つかれば石油がある可能性が高いと判断できるわけです」
また、反射法地震探査といって、人工的に地震を起こし、返ってきた地震波を地震計でとらえ、それを解析することで地下を探る方法もあるという。
「ただし、これらの手法で油田がすぐに見つかるかというと、そこまで精度は高くないのが現実です」と山田准教授は言う。そのため、「より精度を上げるために、ある実験に取り組んでいます」と語る。その名は「アナログモデル実験(通称:モデル実験)」。この実験で使われるものこそ、冒頭で紹介した、長さ1mほどの箱である。
「アナログ」力
「アナログ」という名がついているように、実験はかなり原始的だ。乾燥砂やガラスのビーズを使ってまず地層をつくり、それを押したり引っ張ったりすることで、地層の変形をつくり出すのである。箱の横のアクリル板が透明になっているのは、地層の変形を観察するためだ。この実験方法は、なんと100年も前から行われているという。
「モデル実験は、地下の様子を探るために行いますが、これまでの数多くの研究から、実際の地下地質の変化を非常に近い形で表していることが明らかになっています。だからこそ、モデル実験を行う意義があるのです」
モデル実験で山田准教授が目指すのは「地表の形」の再現だ。現実の地表はさまざまな凹凸があり形も複雑だが、調べたい場所の地形に近似した形をモデル実験で再現できれば、実際の地下も、モデル実験で得られた地質構造になっている可能性が高い、といえるわけだ。
「油田・ガス田を例にとると、油田・ガス田を発見するための大きなポイントは、新しい断層はどこにあるのかという点と、地下の岩石の隙間がどこにあるのかということです。というのも油田・ガス田は、隙間の多い岩石や新しい断層が通り道となって、地下の隙間部分に貯まってできるからです。そこで、モデル実験で油田・ガス田があると思われる場所の地表の形を再現できれば、そのモデルの地下地質を見ることで、地下の隙間や新しい断層のありかが予測できます」
日本国内では新潟の油田・ガス田が有名だが、まだ見つかっていない巨大ガス田が新潟の地下に眠っているといわれており、現在、山田准教授はその地域の地形を再現すべく、モデル実験を繰り返している。
「しかし、モデル実験で地形を再現できれば、それで終わりというものではないんです。実はもっと先があるのです」
シミュレーションという理想形
モデル実験の、その先。それは、シミュレーションである。
「シミュレーションのいいところは、モデル実験を行うことなく、パソコン上で自然現象を再現できたり、未来予測が可能になったりすることです。ただし、その際に欠かせない条件は、シミュレーション上の地質が、『現実の地質』とほぼ同じになることです」
シミュレーションを現実の地質とほぼ同じにする。そのためには、現実の地質を再現できるモデル実験の結果を数値化し、シミュレーションソフトに入力しなければならない。多くの実験結果を入力すればするほど、シミュレーションをより現実の地質に近づけることができるわけだ。
だが、ここで次の問題に突き当たることになる。シミュレーションは「数値」を用いるが、モデル実験はアナログ故に「数値」は存在しない、という点だ。
「モデル実験を行っている研究者にとって、モデル実験の数値化は長年の課題でした。シミュレーションを走らせたくても、『現実の地質』に近づけるための入力すべきデータがない状況だったのです。ところが、技術の進歩によってようやく数値化が可能になってきました。1つは地層の側面を画像データにし、そこから変動パターンを数値化する画像処理。もう1つが、表面の計測です」
山田准教授は数値化に着手する。モデル実験において「側面」地層の変動パターンの数値化はできるようになったものの、上の面、すなわち「地表面」データを採取することができていなかった。側面は「平面」だが表面は「立体」だからだ。
だが2009年夏、山田准教授はついに表面のデータ化も実現する。
「悠久の時」と向き合う
「表面のデータ化が実現したのは、非接触3次元デジタイザのATOS(エイトス)を導入したからです。これによってもっとも変わったのは、『断層』と『地表』のデータをリンクできるようになったことです。つまり、どの断層が動いたときに地表がどう変化するのかまで見えてくるようになりました」
新潟地質モデル実験の例
赤い部分が隆起、青い部分が沈下したことを示す。
表面のデータ化は、すでにある成果をもたらしている。山田准教授は「見てください」と言って、モニタに1つの画像を立ち上げた。
海底地すべりモデル実験の例
水色部分の斜面が崩落し、黄〜赤色部分に崩落した土砂が溜まったことがわかる。
「『海底地すべり』をご存知ですか?文字通り海底で起こる地すべりですが、海底ケーブルを切断して為替や証券などの国際的なオンライン取引ができなくなったり、地震が起きていないのに津波を発生させたりと、いくつか被害が出ており、近年、『ジオ・ハザード(地質現象に由来する災害)』として注目されている自然現象です」
山田准教授はモデルを動かしながら、2回にわたって表面をATOSで測定。それを比較することで、「海底地すべり」にある規則性があることを発見した。
「1つは、1回斜面崩壊が起きると、そのすぐ隣で2回目の斜面崩壊が起きること。もう1つが、小さい斜面崩壊のあとに大きな斜面崩壊が起き、その後は崩壊がしばらく起きないことです。つまり、小さな斜面崩壊は予兆現象でもあるのです。こうした研究が進めば、『海底地すべり』が起こりそうな場所を避けてケーブルを敷設するなど、リスクを避けることができる。『海底地すべり』による地震も、事前にある程度予測することができるようになります」
現在、画像処理によって「側面」のデータをとるのはもちろん、ATOSを使って「表面」のデータも集めており、シミュレーションの精度は日に日に高まりつつある。
「ちなみにこれは、6時間かけて地層を圧縮したものです」
そう言って、山田准教授は地層が変動する映像をモニタに映し出した。
活断層モデル実験の例
水〜青色部分の広範囲に渡って地面が下がる変動を予測している。
「実際地球でこれほどの変動が起こるためには、100万年くらいの時間が必要でしょう」
山田准教授は、「悠久の時」がつくり出した地球内部のモザイク模様を、アナログとデジタルを融合することで、解き明かそうとしている。