前橋工業高校機械科では、3D CAD授業の発展形として、3Dプリンターを活用した新たな教育的試みを行っている。
「自分の好きなものをつくってみよう。ただしどこか必ず動かすことができるように」
生徒の目の輝きが変わった。
「2012年度3D-CADの複数のコンテスト(中央工科デザイン専門学校主催、日本工業大学主催)で最優秀クリエイティブ賞、デザイン賞、審査員特別賞を受賞したよ」
先生からそう告げられたとき、受賞作品をチームで作成した生徒の誰もが、最初は信じられなかったという。
さらに驚いたのは、目の前に自分たちが設計したカブトムシ、クルマ、ショベルカーなどがカタチとなってあらわれたことだ。
受賞作品は3Dプリンターによってカタチになり、進呈されるのだが、その完成度の高さは想像を越えていた。
歓声があがる中、やがて笑顔は疑問の表情に変わっていく。
3D CAD画面上では動かすことのできたタイヤが動かない。
なぜ?
生徒たちがものづくりの扉を開いた瞬間だ。
「高きを仰ぎ 最善を尽くす」の校訓のもと多くの人材を輩出
昼休み。機械科のCADルームでは昼食を早めに済ませた生徒たちが真剣な顔で3D CADの画面に見入っていた。生徒たちはすべて3年生。取り組んでいるのは3D CADの課題研究だ。なぜ、そこまで一生懸命なのか。設計を行うのはこれまでの授業と変わりはなかったが、今回は生徒一人ひとりの作品を3Dプリンターで造形することになっていた。
「自分の好きなものをつくってみよう。ただし、どこか必ず動かすことができるようにすること」。課題研究のテーマについて先生の話を聞きながら、生徒たちはあのショベルカーを思い浮べていたことだろう。2012年度3D-CADコンテストで幾つかの賞を受賞し、3Dプリンターによって造形されたショベルカーの完成度は想像以上だった。「自分のイメージがカタチになったら…」、そう考えるだけでも楽しくなってくる。しかし、ものづくりの喜びは苦しみを超えた先にあることを、また苦しんだ分だけ達成感が大きくなることを、生徒たちは学ぶことになる。
1923年(大正12年)に開校した群馬県立前橋工業高等学校は、機械科、電子機械科、電気科電子科、建築科、土木科を有し、県内の工業教育の中心的役割を担っている。創立後90年にわたり、ものづくりを通して豊かな人間性と創造性や実践的な態度を身に付けた、将来のスペシャリストの育成に力を注ぎ、これまで2万6千人に及ぶ人材を送り出してきた。
「高きを仰ぎ 最善を尽くす」の校訓のもと、勉学だけでなく部活動も盛んだ。高校野球、新体操、空手、自転車競技などは全国にその名を知られている。ものづくりのコンテストでも、相撲ロボット、アイデアロボット、マイコンラリーなど全国大会出場の実力を持つ。また「資格の前工(前橋工業高校)」と呼ばれるほど資格の取得にも力を入れている。
2004年(平成16年)度には校舎の移転を機に教育設備の一新を図り、先進的な学習環境も整えた。開発期間の短縮、コスト削減、品質向上など、ものづくりが抱える課題の解決に欠かせない3D CADは2009年度に電子機械科、2011年度に機械科で授業を開始。3D CAD授業の推進で重要な役割を担っているのが、ITや設計技術を活用し、ものづくりやひとづくりを支援するキーライズテクノ代表、木村昇氏だ。
単に操作を教えるのではなく、ものづくりの考え方を伝えたい
群馬県は電気機器や自動車など高度なものづくり技術が集積する地域であり、「ものづくり立県」を掲げている。それより以前からその啓蒙を進めていたが、問題は教えるための人材が不足していたことだ。その解決策の1つとなったのが熟練技能者活用事業である。ものづくりの人材育成のために熟練技能者を学校に派遣し、生徒に対する指導のサポートをしてもらう。木村氏は熟練技能者の1人として前橋工業高校をはじめ県内の工業高校や専門学校で、先生に対しての講習会や、先生と一緒に授業を進めるなど3D CAD教育の支援を行っている。 「単に操作を教えるのではなく、ものづくりの考え方や達成したときの喜びを伝えたい」と木村氏は話す。大手通信機器メーカーの技術者だった木村氏は3D CADに関する造詣も深い。キーライズテクノでは、同氏が長年培った技術やノウハウを活かしIT、設計、教育の3つの分野でビジネスを展開している。
前橋工業高校の機械科では、2年生の製図の授業で3D CADの基本を学ぶ。その中で関心を持った生徒が3年生の課題研究のテーマに三次元設計を選択するという。木村氏と先生との役割分担はどのようになっているのだろう。2年生の3D CADの授業を担当する大久保先生はこう話す。 「教えるプロと技術のプロがチームを組んで授業を進めていくスタイルです。3D CADの操作など技術的なことは木村先生に教えていただいています。反復練習なのか、先に進むのかといった授業の進め方については、生徒のことをよくわかっている教員が木村先生のご意見を参考にしながら組み立てていきます。また、ものづくり現場での経験やノウハウを授業の中で生徒に伝えていただくことにも期待しています」 木村氏が授業を行うのはある使命感に基づいていた。ものづくりのDNAを次世代に引き継ぎたい。その思いは3Dプリンターを活用した授業で実を結び始めていた。
イメージ通りにかたちすることの難しさと喜び
これまで3D CADを使った課題研究は完成した設計図が最終作品だった。しかし、今回は3Dプリンターで造形するところまで行う。新しい試みが可能になったのは、キーライズテクノがデスクトップ3Dプリンター「uPrint(ユープリント)」で試作品を作成するビジネスを行っており、木村氏が3Dプリンターに関する知識とノウハウをもっていたことが大きい。
3Dプリンターを授業で使うことの意義について木村氏は次のように話す。「3Dプリンターがあれば、CADデータから簡単に実物をつくることができます。ここに3Dプリンターで造形した携帯ホルダーの試作品があります。携帯電話を横にすると置けますが、縦にすると転んでしまう。この設計は良いのか悪いのか。設計したものがそのままカタチになるため、きちんと動くのか、機能するのか、容易に評価できます。コンテストで受賞したショベルカーの設計も造形することによりタイヤを動かす軸の設計に問題があることがすぐにわかりました」
課題研究の授業を担当した河田先生は、通常の3D CADの授業とは大きく異なっている点について次のように話す。
「2年生の3D CADの基本を学ぶ授業では、操作や手順を教えることが中心になります。手順通りに進めば、その通りの作品がつくれるわけです。しかし、今回は生徒たちが自分でこういうものをつくりたいとイメージするところから始まりました。カタチや色、そしてこの部分はこう動かしたい。手順が決まっているわけではなく、自分で考えて道を切り拓いていかなければなりません。木村先生に質問するときも、何をどう聞けばいいのか、言葉を探さなければなりません。つまり、質問を考えること自体がとても大切なことになるのです」
自分のモデリングしたものがカタチになったことについて、「自分のデザインした通りの作品ができていたので感動しました」と生徒たちは同様の感想を話す。カタチになることで、自分が苦労したところ、工夫した点がきちんと思い通りにできたのかどうかを確認できる。そこで改善点にも気づくという。
自ら考えてものづくりができる人材の育成
3Dプリンターを活用した3D CADの授業は、ものづくりの苦しみと楽しみの両面を教えることができるメリットも大きい。「苦労したからこそ、いいものができた」と話す生徒の声からも教育効果の高さが窺える。「次回も課題研究には3Dプリンターを活用したい」と河田先生は笑顔で話す。大久保先生は別の観点から3Dプリンターの教育への活用を指摘する。「本校では知的財産教育にも力を入れています。特許や権利を教える最初のステップとして、自分で発想したものをかたちにする段階で役に立つツールだと考えています。また、今後は加工工程など目で見て学ぶ教材の開発にも利用していきたい。木村先生から少しずつノウハウを教えていただきながら、教員が3Dプリンターによるものづくりに関わっていければと思います」
木村氏は就職活動における利点についても言及する。「開発期間の短縮や品質向上のために、短期間で試作品がつくれる3Dプリンターを導入する企業が増えています。工業高校の教育で3Dプリンターの造形を学んでおくことは、就職活動における強みの1つになりますし、就職後に企業内で活躍する領域を広げるうえでも有効です」
製造業においてグローバルで競争が激しさを増す中、決められた通りにつくることを基本とする従来型の工業教育だけではなく、3D CADや3Dプリンターを使って自ら考えてものづくりができる人材の育成が、これからの工業高校の使命になるという。
生徒たちは、取材中、緊張のせいか、言葉が少なかった。しかし自分の作品について語る表情はどこか誇らしげだった。生徒の一人は「これからもできればやってみたいと思います」と恥ずかしそうに話す。その瞳の奥にはものづくりのDNAが輝いていた。