様々な分野で高い関心を集めている3Dプリンター。知名度は高くなってきたが、「どう活用すればいいのか?」「どうすればビジネスになるのか?」明確な答えを出すにはまだ早すぎる、というのが現状だ。
3Dプリンターという未知なる可能性に挑んでいるのが、3D技術を自由自在に操るプロフェッショナル、アイディー.アーツ代表の米谷芳彦氏だ。米谷氏は、3Dプリンターで自身のアイデアをかたちにし、建築家や出版会社など様々な業種の専門家を巻き込みながらアイデアをビジネスに育て上げようとしている。3Dプリンターを使ったビジネスモデル誕生のプロセスを追った。
アイデアを思いついたらすぐにかたちにして確認
3D技術による新しいビジネスモデルづくりに奔走する米谷氏。本業は世界的ブランドの腕時計や宝飾品、建築などのデザイナーだ。20年以上前、国内でまだほとんど利用されていなかった3DCGにいち早く取り組んだことが所属していた会社を離れるきっかけとなった。最先端技術に大きな可能性を感じ、企業の枠を超えてチャレンジしたかったからだ。1998年に設立したid.arts(アイディー.アーツ)は、製品のデザイン開発だけでなく、高精度3DCGデータを軸にカタログや広告、VR(Virtual Reality)システムなど、複合的な展開を図ることでビジネスを広げてきた。
2011年、コストパフォーマンスに優れた3DプリンターuPlint Plus(ユープリントプラス)の発売に大きな関心を持ち、設計・製造ソリューション展の丸紅情報システムズのブースで話を聞くとすぐに購入を決断。「アイデアを思いついたらすぐにかたちにして確認できるようにしたい」というのが購入の動機だった。
工業製品以外に、建築建材、一般消費者向け製品などデザイン領域が広がる中で、3Dプリンターにより自社でモックアップを造形できるメリットは大きい。必要なときにいつでも形状やサイズ感の確認ができることで作業効率は大きく向上した。また、ビジネスを切り開いていくために3Dプリンターは欠かせない存在になっているという。
「ドアノブなどにセンサーをつけて高齢者の行動やバイタルサインなどを把握するというアイデアを思いついたとき、すぐにモックアップを製作しセンサー開発メーカー、建築家、建材メーカーにプレゼンテーションを行いました。アイデアはかたちにしたほうがわかりやすい。コラボレーションの場合、イメージや方向性の共有にも役立ちます」
3Dデータの流用面では当初、建築模型への展開が期待された。3Dプリンターは有機的形状なども簡単に再現でき、経年劣化の抑制も可能だ。しかしコスト面が課題となった。高精度建築模型の製作を通じて実感した3Dプリンターのデザイン再現力を活かすために、米谷氏は有名ブランド家具のミニチュア模型化に着目した。
高級家具メーカーも巻き込みながらビジネス展開
存在感のある家具が1つあるだけで部屋の雰囲気が一変するのは、建築模型も現実の生活空間でも同じことだ。3Dプリントミニチュア家具シリーズは家具の持つデザインの美しさそのものを引き出し、建築模型用途だけでなく個人のコレクション用に新たな価値を提供する。「20世紀を代表する名作と言われるPanton ChairやEames Chairなどデザインライセンスが終了しているものに加え、建築家や高級家具メーカーなどとコラボレーションし、ビジネス展開を図っています。すでにイタリア高級家具ブランドなどとのコラボレーションで作品を製作しました」
DDM(ダイレクトデジタルマニュファクチャリング)とECサイトを融合した仕組みの構築にもチャレンジする。3DCGでモデリングを行い、3Dプリンターで造形して研磨、塗装した後、自社サイト内で販売する。また外部の造形サービスを窓口とする販売も実施。個人が仕上げ塗装を楽しめる組立キットなども計画している。
一般的な高額ミニチュア家具は1/6スケールが多いが、3Dプリントミニチュア家具シリーズは1/20、1/30、1/50など建築模型にマッチするサイズを用意。建築模型用にセットにしてレンタルで貸し出すことも検討している。米谷氏は高精度なものづくりとともに、簡単に楽しめるものづくりにも力を入れている。「3Dプリンターを家族で楽しめるものにしたい」という思いがあるからだ。
3Dプリンターを活かすコンテンツの提供や遊び方を提案
3Dプリンターによる造形物と安価で購入できる回路を組み合わせた3Dプリント電子工作は、親と子が一緒につくるというのがコンセプトだ。大切なポイントは「つくってみたいと思わせること」。そのためには、つくるプロセスとともに完成したときの感動も大切になる。例えば、電子工作ランプは行灯のように柔らかな光に心が安らぐ。クラゲのような形状の不思議な物体はセンサーからの計測値に基づき頭頂部に生えた芽の部分が変化する。
電子工作は自社サイトで公開し、今後、キット化する予定だ。研磨や塗装のやり方などは自社サイトで紹介する。またイベント用として、キャラクターに触れると音や映像が流れる電子楽器の開発や教育教材への展開にも取り組んでいる。日常生活の中で「こうしたらいいのに」と思ったら3Dプリンターですぐにつくってしまうのも米谷流の遊び方だ。「コーヒーを飲んでいるとき、テンプレートがあれば誰でもラテアートが気軽に楽しめるのではないかと。試しに余っている材料を利用してつくってみました。ABS素材であればお湯の熱には対応可能ですが、念のため熱による反りなどを軽減するため本体厚を少し多めに設定しています。フリー素材をベースにしたテンプレートの3Dデータは全て無償公開する予定です。パーソナル3Dプリンターを持っている方なら簡単に造形して楽しめます」
虫よけ剤用の3Dプリンティング装飾ケースは、「このままではいかにも虫よけという感じでカッコ悪い」と思ったのがきっかけだ。蝶をモチーフにしたケースを手にしながら「これなら部屋に置きたくなるでしょう」と米谷氏は笑顔になる。
子供のために購入したスマホ顕微鏡 Leye (エルアイ)は、iPhoneのインカメラとレンズの位置を合わせるのに時間がかかった。位置合わせ用のパーツはモデリングから造形まで作業時間は20分くらい。「造形物を自社サイトで公開したところ、製品の開発者の方に声をかけていただき、ワークショップにも参加しました」「木製玩具を3Dプリンターでつくったらどうなるだろう?」という発想から生まれたのが、1950年代頃にアメリカで人気を博した「POPSEIS(ポップシーズ)」の造形品だ。アンティーク品より一回り小さくすることで造形コストを抑え、様々なカスタムツールや装飾シールなども用意。造形サービスから購入でき、3Dプリント用データも提供する。
外部フラッシュを設置するホットシュー用に、LEGOやナノブロックで遊べるカバーもつくった。「うちの子供たちも喜んで遊んでいます。撮影時に子供の気を引く道具にもなります」。リングの受け皿部分に合わせてカットした生花用の給水スポンジにカスミソウなど小さな花がいけられる3Dプリント生花リングは女の子が喜びそうだ。発想もユニークだが、見た目も可愛らしい。3Dプリント用データと造形品は実際の指輪規格サイズで複数用意する予定だ。さまざまなものを製作している米谷氏だが、3Dプリンターを購入して最初につくったのはiPhoneケースだった。
コラボレーションでビジネスの可能性を広げる
映画やアニメのヒーローをかたちにしてそばに置いておきたいという思いは子供の頃だけでなく、大人になっても変わらず持ち続けている人は多い。米谷氏も自分が好きなヒーローの顔を外装にしたiPhoneケースをつくり続けている。あくまで趣味的な用途だが、プロトタイプとしての意味合いもある。
「3Dプリンターでここまでできるのか」と見た者に驚きをもたらすその実力は、キャンペーン用スマートフォンケースの製作につながったことでもわかる。モチーフとなったのは講談社が発行するマンガ雑誌の主人公だ。 iPhoneケースのテーマはヒーローだけではない。ABS素材で造形し塗装とメッキで仕上げたスカルヘッドが渋い魅力を放つiPhoneケースは、3Dデータや造形物の販売を予定している。熊本県のキャラクター「くまモン」はライセンス関係の処理が終わればiPhoneケースなど公式ライセンス製品を開発し販売する予定だ。
精度の高い作品を造形するには3Dモデリング技術とプリンタの特性を理解した上での造形技術が必要になる。例えば、ミニチュア家具のように細部や滑らかなフォルムを再現したい場合には、光造形方式の3Dプリンターや高精度インクジェット3DプリンターObjetシリーズなどで造形している。 uPlint PlusなどFDM(熱溶解積層法)方式は、実材料のABS樹脂が壊れにくい上、熱にも強く、なおかつコストパフォーマンスも高いことから、モックアップをはじめ、さまざまなシーンで利用している。
また、研磨などの仕上げが前提となるため、造形後の積層跡を消すコート剤の使用など造形技術に関する研究にも余念がない。 現在、3Dプリンターを使ったフィギュア、CGアーティストとのコラボレーション、複合施設に3Dプリンターを設置したときの楽しみ方の提案など、新しいプロジェクトが進行中だ。高精度建築模型の追求も続けていく。ビジネス化はまだ見えていないが、映画のワンシーンを3Dプリンターで再現するジオラマの製作も開始する。電子回路やセンサーなども使って音や灯りの演出も行っていく計画だ。
「数年後には3Dプリンターを使ったビジネスを本業にしていきたい」と米谷氏は話す。「普段開発している量産品は数字ベースでしかものが動かないし、季節ごとに新商品をリリースしていくためにデザインを考えるのに飽きてきた面があります。これからは必要なときに1個から製作するものづくりにシフトしていくと考えています。依頼を受けて条件のもとに製作するのとは異なり、つくりたくてつくったものが共感を得て広がっていくという点も面白いですね」 企業や分野の垣根を越え、さまざまなコラボレーションを行うことで3Dプリンターを使った新しいビジネスモデルを創造していく。米谷氏のチャレンジは続く。