今、ゴルフ業界において、怒涛の勢いで躍進している企業がある。誰もが知る老舗メーカーの本間ゴルフである。2013年に106億円だった売上高は、2014年に140億円、2015年には157億円と急拡大し、その勢いは今もって続き、200億円を目指し疾走中だ。本間ゴルフは業界に、いったい何を巻き起こしているのか。飛躍のカギは、「熱意系」だった。
HONMAクラブを使うプロが賞金王、賞金女王を獲得
敷地面積5万坪──。東京ドームの建築面積が約3.5個分。その広大な敷地の中に17棟もの工場が並び、本物のゴルフコースと見紛う380ヤードものテストフィールドがある。ここは本間ゴルフの酒田工場。創業者ゆかりの山形県酒田市に建つ、ゴルフクラブの開発と生産を担う拠点だ。
「テストフィールドではクラブの性能を測定します。クラブはルールの範囲内でいかに遠くに飛ばすことができるか、いかに真っ直ぐ飛ばせるか、ボールがコントロールしやすいか、といった点が重要なのですが、それらを試打ロボット、弾道解析機を使って測定します。その後、さらにプロゴルファーの方々の意見も取り入れ、修正を加えて製品ができるという流れです」そう語るのは、酒田工場の諏訪博士工場長だ。
本間ゴルフの特徴、それは契約プロゴルファーの多さにある。日本のプロゴルファー22名のほか、韓国、台湾、中国、ドイツ、フランス、イギリスなど、海外のプロゴルファーを入れるとその数は61名。皆「HONMA」のクラブを手にツアーを転戦している。特筆すべきは契約プロの成績。2014年は世界で13勝し、その中で小田孔明プロが男子国内ツアーで賞金王を獲得。2015年には世界で21勝を挙げ、韓国のイ・ボミプロが女子国内ツアーで賞金女王となった。イ・ボミプロはこの年、2試合連続完全優勝、史上最速での年間獲得賞金1億円突破のほか、国内女子ツアー史上初めてとなる年間獲得賞金2億円突破の歴史的な記録を樹立している。意外にも、こうした流れができたのはここ3、4年のことだという。
ゴルフ業界を襲うメタルウッドの波
本間ゴルフは1958年にゴルフ練習場経営からスタートし、1963年からクラブの製造・販売を開始。1973年には、業界のトップを切ってブラック(カーボン)シャフトクラブを発売し、1981年に酒田工場を建設する。
一言でゴルフクラブといっても、いくつかの種類に分かれる。一つは「ウッド」と呼ばれるもので、遠くに飛ばすことが目的のクラブだ。「アイアン」は、文字通りクラブヘッドの多くが鉄でできており、ウッドよりも短い距離を狙った場所へ飛ばすために使われる。それぞれのクラブには「番手」といって番号が振られており、番手が若いほど飛距離が出る。また、グリーン上でボールを転がすときには「パター」と呼ばれるクラブが使われる。
「当時、HONMAの強みは、『匠』と呼ばれる職人が一つひとつ手作業でクラブをつくることにあり、その形の味わいや美しさは他社の追随を許さず、多くのツアープロやアスリートゴルファーが当社のクラブを使用していました」佐藤巧氏。酒田工場の匠を代表する一人だ。
本間ゴルフは全国に直営店を構え、自社製造のクラブを販売。一時代を築くが、ある商品が現れて流れを変える。ステンレスなど金属素材を用いたメタルウッドの登場である。それまでのウッドにはパーシモン(柿材)が使われており、本間ゴルフはパーシモンウッドのデザインに絶対的な自信をもっていた。ところが、市場では飛距離の出るメタルウッドへと人気が移り、本間ゴルフもパーシモンからメタルウッドへと切り替えるものの、その波にうまく乗ることができなかった。
諏訪工場長は、そのときの様子をこう語る。「素材がメタルになると、内部の空洞に重心を付けたりする作業が必要なのですが、自社では対応できず、設計から先の工程の一部を外部にお願いしていました。しかし、それでは細かいところまで指導が行き届かず、最後まで手を尽くすことができませんでした」
苦難の時代が続く中、本間ゴルフはさまざまな取り組みと新商品により巻き返しを図っていく。そして2011年、本間ゴルフに大きな転機が訪れる。躍進へのキーワードは「熱意系」だった。
プロに強い憧れをもつ「熱意系」をターゲットに
2011年夏、創業以来初めてとなる市場調査を行った。その結果を知ったときのことを、諏訪工場長はこう語る。「驚きでした。HONMAユーザの年齢層を調べたところ、50~70代が圧倒的に多く、もっとも多かったのは60代でした。それは、昔HONMAのクラブを買ったお客様がそのまま高齢化して使い続けているものの、若い人には使われていないことを意味していました。このままでは将来はないと思いました」若い世代に買ってもらうにはどうしたらいいのか。
本間ゴルフが目をつけたのが、プロに憧れをもち、ゴルフを「レジャー」ではなく「スポーツ」と捉えているゴルファーだ。「一つでもスコアを伸ばしたい、1ヤードでも遠くに飛ばしたいという熱い思いをもつゴルファーです。当社はその層を『熱意系』と名付け、その層が求めるニーズに向けた商品開発を行うことになったのです」(諏訪工場長)
そして、その第一歩がプロゴルファーとの契約だった。熱意系ゴルファーはプロに憧れを抱いているため、プロが使っているクラブを自分も使うことで、少しでもスコアを上げようとする。プロと契約してHONMAのクラブを使ってもらえば、熱意系ゴルファーもHONMAのクラブを購入してくれると考えたのだ。
だが、プロも“結果が出せる”クラブでないと契約する意味がない。岩田寛プロを含む2人の男子プロによるテストを受けたが、当初の結果は「NO」。満足できるクラブではない、との回答だった。しかし、諏訪工場長らがすぐにクラブを作り直してプロの要求に見事に応えてみせたことで、2人は本間ゴルフと契約をする。
以降、毎年のように契約するプロが増え、「HONMA」のキャップやクラブをもったプロゴルファーが優勝争いを演じるたびに、HONMAのクラブは熱意系ゴルファーによる支持を集めていく。プロ用に開発したクラブは一般向けにもそのノウハウが取り入れられ、なかでも「TOUR WORLD(ツアーワールド)」と呼ばれるクラブは熱意系ゴルファーから圧倒的な支持を得て、大躍進の原動力となる。驚くべきことに、熱意系のコンセプト立ち上げからTOUR WORLD発売までに要した時間は、わずかに1年半だった。岩田寛プロらから「NO」を突き付けられたあと、満足のいくクラブを作り直すまでにはわずか2週間。これらの驚異的なスピードによって、本間ゴルフは短期間での大躍進を遂げた。本間ゴルフが手に入れたスピード。その源泉となった改革は10年前に遡る。
「1ヵ月が1週間」「5日が一晩」と、圧倒的なスピード化を実現
「本間ゴルフの生命線は匠による手作りにあります。クラブには曲面と曲面が合わさった微妙な曲線が存在します。これをCAD上で表現するのは非常に難しいため、当社は必ずマスターモデルを匠が手作りで削っていきます」(佐藤氏)
ウッドはパーシモンを使い、アイアンはスズとビスマス※1を混ぜた軟らかい金属を素材にマスターをつくっていく。メタルウッドが登場してしばらくは外部に任せていたが、それではいいものがつくれないと内製化を進め、匠がつくったマスターモデルを接触式の測定器でデータ化し、それをCADに取り込むことで重心設計などを行っていった。
CAD担当の斎藤氏は当時の様子をこう語る。「接触式はデータをとるだけで20時間はかかり、それをCADで使えるデータにするのに1週間はかかっていました。データが凸凹になっているので、それを真っ直ぐにきれいにし、さらに線データを面化していくという工程があるからです。
佐藤氏は、クラブ作りには「時間短縮」が常に求められるという。「例えば、TOUR WORLDだとウッドは8機種全20ロフト、アイアンで4機種全35番手あります。それを同時発売しなくてはいけません。CADで使えるデータにするだけで1週間もかかっていては、とてもスピード感があるとはいえませんでした。そこで検討したのが3Dデジタイザの導入です。周りのメーカーに『いい3Dデジタイザを知らないか』と聞いてみると、皆ある一つの商品を口にしました。ATOS(エイトス)です」
効果は劇的だった。20時間かかっていたマスターモデルのデータ化は2、3分で済み、それまでマスターモデルをデータ化し、内部設計が終わるまで1ヵ月かかっていたものが1週間で済むようになった。実に4倍もスピードがアップしたことになる。「接触式は職人的なコツがいりましたが、ATOSは誰でも簡単にできる。正確さとスピードはちょっとしたカルチャーショックでした」(斎藤氏)
それから約4年後、さらなるスピード化を図る。クラブの設計には形状確認が欠かせない。とくにアイアンについては一つの形が決まると、それをベースにしてほかの番手へと展開するのだが、共通のコンセプトや、形が通底している必要があるため、形状確認に膨大な時間を費やしていた。「CADデータからマシニングで削り出してつくっていましたが、機械の歯が届かないところもあり四苦八苦していました。それをなんとかしようと、3Dプリンターを導入することにしました。導入したのは『uPrint』です」(佐藤氏)
それまで一つのアイアンを削るのに丸1日、5本つくるとなると5日を要していたものが、5本でもわずか一晩で済むようになった。「アイアンの形状を確かめるには実際に構えてみるのが大事なのですが、それがすぐにできる。修正があっても素早く形にできます」佐藤氏は「プロの要望にもすぐに応えられるようなった」と語る。「プロは形へのこだわりが非常に強いのです。モニタ上で説明できない部分はつくるしかないのですが、それがすぐにできるので、プロの声もスピーディに反映できるようになりました」(斎藤氏)
本間ゴルフでは、契約したプロにはゴルフに精通したサポートチームが帯同し、プロの悩みを探り、常に最良のクラブを提案しているという。熱意系戦略、圧倒的なスピード化、そして万全のサポート体制。三本の矢を手にHONMAブランドは未来へ、さらに輝きを放ち続けていく。
※1 ビスマス(bismuth):原子番号83の元素。日本名は蒼鉛。融点が低く、易融合金の材料にする。