ヒーローになりきることのできる変身ベルト、デパートの屋上にあった玩具、
友達と楽しんだアーケードゲーム、夢中になった家庭用ゲームなど、
オモチャやゲームはいまもその時代の思い出と深く結びついている。
バンダイ、ナムコという名前を聞くだけでも、何か楽しいことが始まりそうだ。
2005年、エンターテインメント界の両雄は世界へとさらに飛翔するために経営統合を実現。
その中で両社のゲーム部門は1つとなりバンダイナムコゲームスは誕生した。
未来の人々に新しい遊びを提供していくという決意を込めて同社では本社を未来研究所と命名。
斬新なゲームや開発効率を高めるアイデアが生まれる土壌は、
自主性と自由な発想を大切にする社風にあった。
同社のゲーム開発へのこだわりとともに分散処理技術を活用した
開発効率向上の取り組みについて取材した。
未来の人々のために
人はなぜ遊ぶのだろう。子供のときは遊びから学ぶことも多く、遊びを通じて友達もできた。成人してからはストレス解消の側面が大きい。しかし、これだけでは疑問に答えきれていないだろう。未来の人々に新しい遊びを提供するために日々研究を行っている場所がある。その名も未来研究所。SF映画にでてきそうなピラミッド型の建築物はどこか日常と一線を画していた。
未来研究所の建物に一歩入ると、巨大な空間が広がっている。8階までの吹き抜けは、船底をひっくり返したようなかたちで、たくさんの窓があり、窓の向こう側には人影が見える。建物の中心には洞窟があり、その内部はホールになっていて新作ゲームの発表会や映画の試写会なども行われている。天井から光があふれる中、洞窟のまわりには小川が流れ、さらに奥には滝が洞窟の壁に水しぶきをつくりながら落ちていた。
研究所で最初に来客を出迎えてくれるのはパックマンだ。1980年にナムコから発表されて以来、アメリカでも大流行し世界で最も知られる日本国産コンピュータゲームの1つとなった。生誕30年の現在もクッキーをパクパクと食べていくその可愛い仕草は健在である。
2階の受付とつながっているエレベータの脇には機動戦士ガンダムが立っていた。パックマンとガンダムが共存するこの場所は、バンダイナムコゲームスの本社だ。アーケードゲーム(業務用ゲーム)が自動販売機のようにいたるところに置かれていて、同社を訪問した人が笑顔で楽しんでいた。「人間は遊ぶ存在である」同社の基本理念がいたるところで息づいている。
ゲームの世界は技術革新の最先端
おもちゃのバンダイとゲームのナムコが経営統合を実現したのは2005年のこと。「世界で存在感のあるエンターテインメント企業グループ」をめざした新たな旅立ちだった。その中で、バンダイとナムコのゲーム部門は1つになりバンダイナムコゲームスが誕生した。これまでエンターテインメント界の両雄はゲーム分野においても異なる道を歩んできた。ナムコは、アミューズメント施設を運営しながら、アーケードゲームを開発し、そこで培った技術で家庭用ゲームを開発してきた。バンダイは、テレビアニメなどのキャラクターを生かしたゲーム開発を強みとし、子供から大人のアニメファンまで幅広い顧客層を獲得している。また、社会現象にもなった「たまごっち」というオリジナルゲームも世に送り出した。
先進的な技術力をもつナムコとコンテンツビジネスに卓越しているバンダイの融合は、ゲームビジネスの可能性を広げていく。例えば、ガンダムを題材に大型戦闘ロボットを操縦しているような疑似体験ができるアーケードゲームも開発された。同社では、市場の変化に応えるコンテンツの創出や展開とともに、コンテンツの活用形態が多様化する状況に迅速かつ柔軟に対応できる体制を整備し、海外ニーズへの対応も強化している。
ゲームの世界は進化のスピードが速い。その対応が遅れるほどビジネスチャンスは縮小する。「ナムコ時代からゲームの新技術について積極的に研究を行っています。3Dにもいち早く着目し、専門の学会に論文を発表するなど最先端の技術を蓄積しています。家庭用ゲームの新型機の情報公開は発売ぎりぎりまで行われないため、新技術に早い段階で取り組み、準備しておくことは新作ゲームのリリース時期を外さないためにも重要です。結果的に多くの特許も取得しています」と元ナムコのCT技術グループ所属、現在、第1スタジオ戦略部 制作推進課の若林明子氏は話す。
世界初のフル高精細1080P対応ゲームとなった、PlayStation3用レースゲーム「リッジレーサー7」の3D化、近未来の横浜市を仮想現実として疑似体験できるドライビングシミュレーターの開発。また2010年10月、コントローラの動きを専用カメラで読み取る新型インターフェースのPlayStation Move対応ガンゲーム「BIG3 GUN SHOOTING」を発売、2010年11月にはTV画面に向かって体を動かしてプレイするXbox 360 の新入力装置Kinect(キネクト)の機能を生かした、新感覚の「体で答える新しい脳トレ」を発売。いずれも新型機の日本発売と同時にタイトルをリリースした。ファンを待たせないことがビジネスチャンスを拡大する。そして、先進技術と斬新な発想がゲームを進化させていく。
自ら動くことで社内のデファクトスタンダードをつくる
「ゲームづくりのこだわりは人それぞれ違います。当社では一人一人が自立したプロフェッショナルとして自由に考え、発想することを大切にしています。斬新なアイデアでも自分できちんと根回しをして、筋を通していけばチャンスを与えてもらえる会社だと思います。もちろん結果に対する責任は伴いますが、仮に失敗しても出直すチャンスもまた本人次第です。こうした社風はナムコ時代から変わっていません」(若林氏)
体感ゲームのエポックメイキングとなった「太鼓の達人」も自由な発想を大切にする社風だからこそ生まれたものだろう。こうした企業風土はさまざまな企業活動にも反映されている。
「会社の基幹部分についてはトップダウンで進められますが、日々の業務は基本的にボトムアップです。新しい技術や開発効率向上のアイデアなどは、考えた人が自ら動くことで、それが良い提案であれば全社に浸透していきます。自分で社内のデファクトスタンダードをつくる感じに近いですね」(若林氏)
第1スタジオ戦略部の制作推進課では人的リソース管理の支援業務などを中心に行っているが、若林氏のチームは現場に近いところで開発効率改善に関わるサポート業務を行っている。
現在のテーマと課題について若林氏は次のように話す。「ゲーム開発は時間との闘いでもあります。私のチームでは、開発効率と品質の向上を目的に、プロジェクトマネージメントをシステム面からサポートすることが主な業務となります。現在、ゲーム開発の上流から下流にわたるすべての要件、工程、成果物などを一元管理する『アプリケーション・ライフサイクルマネージメント』の実現に取り組んでいます。ゲーム開発に欠かせないビルド※に要する時間の短縮は大きな課題です。この課題の解決には分散処理技術によるビルドの高速化が必要だと考えています」
※ビルド
ソースコードのコンパイルやライブラリのリンクなどを行い、実行ファイルを作り上げること。ソフトウエア開発では節目となるタイミングでビルドを行い、動作を確認し不具合を探して修正を加えていく。
IncrediBuildによりビルドやコンバート時間を大幅に短縮
ビルドの高速化を実現するツールの選択ポイントとなったのは、分散処理を実行するリモートPC側の環境には極力、手を加えないということだった。IncrediBuildは、リモートPC側にIncrediBuild以外のアプリケーションをインストールする必要がなく、リモートPCごとの設定、変更も不要。導入コスト、運用管理コストを抑えつつ、分散処理の利点を引き出せるという面で同社のニーズに合っていた。
同課は本格的に採用検討を開始するが、このときすでに複数のプロジェクトでは個別でIncrediBuildが導入されていた。しかし、PCの空きリソースを借りてパフォーマンスの向上を図るため、利用しているPCの台数が少ない小規模なプロジェクトでは期待される効果が得られていなかった。若林氏は、IncrediBuildを導入していたプロジェクトの各PCをネットワークでつなぐことで分散処理におけるパフォーマンスの向上が図れるということを説明してまわり、その結果、プロジェクトの規模に関わらずビルドの高速化を実現することができた。
「現在、Xbox 360向けゲーム開発と社内用PCアプリケーション開発でIncrediBuildを利用しています。2年前の導入当時、リモートPCの数は60台、いまは130台を超えています」と、制作推進課 若林チームの川下信康氏は語る。「丸紅情報システムズには、IncrediBuildを必要なときに、迅速に購入できるよう商流の調整をお願いしています。また、問い合わせをする際、最初の窓口として適切なサポートをしていただいています」(若林氏)
開発者にとってビルドなどのコンピュータ処理による待ち時間は、他の作業が何もできない時間となる。PCでグラフィックデータ等を修正した場合、実際のゲーム機でチェックすることが必要になるが、そのとき、コンバート(データ形式の変換)をかけないとゲーム機で動作の確認ができないケースも多くある。コンバート時間は一日にできるトライアル・アンド・エラー(trial and error)回数の決定的な要因となるため、生産性や品質の向上に大きく関わってくる。IncrediBuildを活用することで通常100分を要するコンバート時間を1/5の20分にまで短縮できるという計測結果をもとに、コンバートにおける分散処理の活用についても社内啓蒙を積極的に進めていきたいという。
今後は、ビルドやコンバートにおける分散処理の拡大を視野に環境の整備も重要なテーマとなる。その理由について若林氏はこう話す。「アプリケーション・ライフサイクルマネージメントの実現も、新しい開発手法の導入も、ゲーム開発で必須となる『修正しビルドを行ってチェックする』というサイクルを早くまわすことができなければ効果をあげることはできません」
未来研究所には50年以上にわたるゲームづくりの技術やノウハウを展示したアーカイブス・コーナーがある。一般開放はされていないが、そこにはレアでレトロなゲーム機もたくさん並んでいるそうだ。時代がどんなに変わっても、人は遊ぶことで自由になり、自由になるために遊ぶのだろうか。未来研究所を出るとき、ふとそんなことを思った。