クリエイティブな活動では、時間が完成度の制約条件になることも多い。「TOKYO MIDTOWN AWARD 2020」への応募作品に取り組んでいた、東京藝術大学大学院在籍のデザイナー/アーティスト若田勇輔氏も、作品と時間の両方と格闘していた。同氏が制作していたのは、多様性をテーマに肌の色のグラデーションを彩色した指輪だ。暗中模索の日々が続き、作品の提出期限が迫る中、必要な期間だけ高性能3Dプリンターを利用できる「MSYSオンデマンド生産サービス」が一筋の光明となった。色にこだわる同氏は、二週間で30個の指輪を造形しトライ&エラーを繰り返してイメージに近い彩色を実現。その完成度は高く評価され、グランプリを受賞した。時間との闘いにも勝利した若田氏は、「3Dプリンターによる1つのアウトプットには、理想に近づくためのヒントが詰まっている」と語った。
- 作品制作期間だけ高性能3Dプリンターを利用したい
- 肌の色のグラデーションを美しく彩色したい
- 世界中どこでも生産可能にして多くの人に指輪を届けたい
完成度を審査員が高く評価、「TOKYO MIDTOWN AWARD 2020」グランプリを受賞
次世代を担う若きデザイナーやアーティストを応援する登竜門として、毎年開催されている「TOKYO MIDTOWN AWARD」※。第13回目となる今回、デザインコンペ応募作品1,465点の中からグランプリを受賞したのが、東京藝術大学大学院在籍の若田勇輔氏が3Dプリンターで制作した指輪「uskin(ユースキン)」だ。指輪といえば、輝きやファッション性を重視するのが一般的だが、uskinがデザインで追求したのは多様性である。
ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、上海など海外でのストリートアートの経験が発想の根底にあったと若田氏は話す。「ストリートアートをしていて、肌の色で人種差別的な発言を受けたこともありました。しかし、uskinは人種差別への抗議の表現ではありません。“肌の色は美しい”という観点から、私なりのダイバーシティを表現したものです。私たちは肌の色と聞くと、それぞれになじみのある色を創造しがちです。しかし実際には、肌の色は多種多様で、幅広いグラデーションによって成り立っています。uskinを身につけることで“多様性”というアイデンティティをまとうことができるというのが、デザインコンセプトです」
実は、プレゼンテーション資料による1次審査では「評価が余り高くなかった」と同氏は明かす。「今回、デザインコンペのテーマが、ジェンダー、人種、国籍などを超えて誰もが活躍できるダイバーシティに求められるデザインでした。ダイバーシティを表現するのに肌の色をモチーフにするのは、新規性に乏しいという審査員の声もありました」
1次審査の低評価は、2次審査のプレゼンテーションで大きく変わった。大逆転の理由は、プレゼンテーションにより作り手の誠実な姿勢や熱意が伝わったことはもとより、同氏が考えるダイバーシティの世界観を、完成度の高いプロダクトが見事に表現していたからだ。実際にuskinを目にし身につけた審査員は講評の中で、「肌の色は美しいのだと思えるところまで完成度を高めてきた」、「肌の色に関係なくみんなでつながっているということを、1つの指輪に表現しているのはすごくいいメッセージ」など、グランプリ受賞のポイントを挙げた。
uskin(ユースキン)の名称は「You + Skin」の造語だ。多様なルーツ、肌の色を持つ友人に協力してもらい制作したコンセプトムービーでは、uskinを身につけた彼ら彼女らの日常生活がさりげなく映し出されていた。プレゼンテーションでコンセプトムービーを見た審査員の一人は、「この商品があることによって世の中が変わって見える」とコメントしている。
完成度が高く評価されたuskinだが、制作の道のりはまさに“山あり谷あり”だった。指輪に肌の色をグラデーションで美しく彩色するのは容易ではなく、試行錯誤が欠かせない。しかし、1次審査を通過し2次審査の作品提出までに残された期間は1カ月しかなかった。
※TOKYO MIDTOWN AWARD:東京ミッドタウンが、新しい日本の価値・感性・才能を創造・結集し世界に発信し続ける街を目指す一環として、デザインとアートの2部門で開催するコンペティション。
必要な期間だけ高性能3Dプリンターを利用できるサービスが一筋の光明に
「TOKYO MIDTOWN AWARD」はデザイン性だけでなく、商品化の観点を重視する点も特徴だ。1次審査段階のuskinは、ガラス製の指輪に肌の色のグラデーションを染色することにしていたのだが、生産面で課題があったと若田氏は振り返る。「ガラス細工で肌の色のグラデーションを美しく出すのは非常に難易度が高いため、限られた職人しかつくることができません。商品化は可能ですが、私にとってuskinは単なる商品ではありません。世界中で多くの人が日常的に身につけることで完成するアート活動の一環と考えており、職人技に依存しないものづくりが必要でした」
ガラス細工と並行して透明感のあるアクセサリー素材として利用されるレジンも検討していたという。「レジンの場合、ある会社の方と話をして量産経路や売り方は見えていました。しかし、私が求めるクオリティをかたちにするには、1個の価格が高額になってしまうとお聞きし断念しました」
暗中模索する中で一筋の光明となったのが、3Dプリンターの活用だった。友人のアーティストから3Dプリンターを使った作品づくりについて話を聞いたのが、きっかけになった。高額のマシンを購入するのではなく、必要な期間だけ高性能3Dプリンターを利用できるオンデマンドサービスに興味を惹かれた同氏は、情報を入手するために友人の作品集に制作協力として記載されていた丸紅情報システムズに電話をかけ、アポイントをとった。
丸紅情報システムズの3Dプリンターショールームを訪れた同氏は、担当者から説明を受けながら成果物を見て「ここまで繊細に美しく造形できるのかと、感動した」と率直に語り、こう続ける。「大学内にも3Dプリンターはありますが、彩色ができない安価な機械なので、高性能3Dプリンターのポテンシャルの高さには目を見張るばかりでした」
若田氏が3Dプリンターによる「MSYSオンデマンド生産サービス」の利用を決断した時点で、2次審査の作品提出が2週間後に迫っていた。
2週間でトライ&エラーを繰り返し肌の色のグラデーションを徹底追求
若田氏から相談を受けたMSYS担当者は、「3Dプリンターで肌の色のグラデーションを美しく表現する」というアプローチに関心を持ったという。ビジネスの視点よりも、「これは試してみたい」という探求心と、同氏の熱意に応えたいという、2つの思いがMSYS担当者を動かした。また、MSYSは教育分野や文化芸術活動における3Dプリンターの活用支援を積極的に行っており、豊富な実績を有している。
短期間でいかに完成度を高めていくか。時間を有効活用するために、若田氏とMSYSとの間で作業分担を明確化した。同氏は大学内にある3Dプリンターを使った形状検証とともに、画像編集ソフトウェアAdobe Photoshopにより画面上で指輪に彩色する。同氏から形状データと色データの提供を受けたMSYSが、3D CADデータにアセンブリし高性能3Dプリンターで造形する。
「形状と色のデータを提供してから1日か2日で造形していただき、本当にありがたかったです」と同氏は感謝の言葉を述べる。今回、4回のプリントで30個の造形物を作成した。数が必要となるのは、画面上で見る色と3Dプリンターで造形して出てくる色は必ずしも一致しないため、トライ&エラーが欠かせないからだ。
uskin制作における色彩では、当初ガラス細工を想定していたように、透明度と色のグラデーションのバランスがポイントになった。3Dプリンターによる彩色で難しかったのは、透明度が低いと黄色味が強くなり、透明度が高くなるほど白い部分が増えてしまうことだ。同氏はAdobe Photoshopによりパーセンテージで透明度を細かく調整し、様々なパターンをつくった。色へのこだわりは、作品提出期限のギリギリまで続いたという。「提出の3日前に一度オーケーを出したのですが、家に帰って見ていると、“やはり違うな”と思えてきて、もう一回だけできないですかとMSYSに電話でお願いしました。高性能プリンターを展示会に貸し出さなければならず、運び出す40分前まで造形していただいたと、後からお聞きしました」
今回、色彩に加えて、質感も重視したという。「素材には光硬化樹脂を使っており、研磨により艶を出すことができます。しかし、研磨した指輪に違和感を感じました。世の中には高級な指輪はたくさんありますが、uskinが提供する価値は肌の色のグラデーションによる多様性です。身に付けたときに肌になじむことを大切に、あえて研磨しすぎず、光硬化樹脂の質感を活かしました。ある審査員から『有機的な柔らかさを帯びたような存在感』との評価を得ました」
3Dプリンターを使って造形することで頭の中のイメージにより近づける
若田氏が2次審査に提出した作品は、最初に3Dプリンターで造形したものだった。その理由についてこう説明する。「提出作品を選ぶためにすべて並べて俯瞰で眺めてみると、手を加えるほどに私が求めているイメージから離れてしまっていると感じました。そう気づくことができたのも、トライ&エラーがあったからこそだと思っています」
「TOKYO MIDTOWN AWARD 2020」グランプリ受賞は出発点に立っただけと同氏は強調する。「uskinは、世界中の多くの人に身に付けていただくことがゴールです。作品の提供・販売方法に関しては、Webサービスを提供するオンラインプラットフォームの活用などを検討中です」
今後について同氏は「アイデアをかたちにする手法として、3Dプリンターの利便性や完成度を体感した身としては、もう元に戻れないというのが正直な感想です」と笑顔で話し、クリエイティブ活動における3Dプリンターがもたらす可能性にも言及した。「絵画も彫刻も自分の頭の中にあるイメージを再現するというプロセスは一緒だと思います。3Dプリンターによる造形は、絵具を使用したり、彫り込むことでかたちをつくるよりも、もっと頭の中のイメージに近づけるという実感を持ちました。1つのアウトプットに、完成度を高めるためのヒントが詰まっており、目で見て触ることで新たなアイデアも生まれてきます」
想像力と創造力の翼で世界に新たな価値を提供するデザイナー/アーティスト若田勇輔氏。3Dプリンターという新たな表現手法を手にした同氏のクリエイティブな旅は続く。
「TOKYO MIDTOWN AWARD 2020」デザインコンペ グランプリ
■受賞者:
代表 アーティスト/デザイナー 若田 勇輔
デザイナー 金澤 佐和子
■制作協力:
丸紅情報システムズ株式会社
■TOKYO MIDTOWN AWARD 2020 結果発表:
https://www.tokyo-midtown.com/jp/award/result/2020/
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